大人のサックス入門が目指す「光の先」にあるものは何か?
公開日:2026.07.10 更新日:2026.07.12クラシック楽器音楽を始めよう♪音楽のマナビ
「モテたくてギターを始めました」
この動機は、世間において極めて健全な、かつ公言が許されたロックな初期衝動として扱われる。
しかし、これが「サックス」になった途端、なぜか大人はその下心をひた隠しにする。
休日の街、ウインドウショッピングの最中にふと楽器店で足が止まる。ガラスの向こうで鈍く輝く黄金の管体を見つめ、「これをバシッと吹きこなせたら、次の飲み会あたりでモテるかな……」と想像し、誰も見ていないところでフッと目元を緩ませる。
その姿、客観的に見てかっこいいかどうか?
「その心、笑ったね?!」
この有名なネットミームの言葉通りに突きつけられたら、私たちは苦笑いしながら両手を挙げるしかない。確かにその瞬間はどこか滑稽で、哀愁が漂っている。だが、その笑いを堪えきれないほどの邪念こそが、大人がサックスを手にする最強のエネルギーなのだ。
目次
サックスを入手しよう!
いざ「モテ」を意識してサックスを選ぶとき、初心者が最初からソプラノ(ストレートで難易度が高い)や、バリトン(重低音でデカすぎる)を選ぶことはまずない。大衆が本能的に「カッケー!」と痺れるサックスの相場は、最初から「アルト」か「テナー」の2択と決まっている。
目指すべきは、誰もが一度は耳にしたことがある、あのキラーフレーズだ。サザンオールスターズの艶っぽいバラードの裏で咽び泣くソロ、ミスチルの耳なじみのフレーズ。あるいは現代なら、ストリートで圧倒的な支持を集める「サックス侍」よろしく、MISIAの『アイノカタチ』を情緒たっぷりに吹き上げて通行人の涙を誘うのも最高だろう。
では、いざ始めるとして、いくらの楽器を選べばいいのだろうか。
市場を見渡せば、数万円で買える格安の海外製入門セットから、世界基準の安定性を誇るヤマハ(YAMAHA)、極上の職人魂が宿る国産最高峰のヤナギサワ(YANAGISAWA)、そしてサックス乗りの終着駅であるフランスの名門H.セルマー(H.Selmer)といった、数十万〜百万円超の逸品までがズラリと並ぶ。
「安くても愛情を持って吹けばいい音楽になる」というのは一つの美しい真理だ。だが、「じゃあ高い楽器を値段で選んで買う人間は、精神的に貧相なのか?」といえば、断じてそんなことはない。身の丈に合わない高級品であっても、それがモチベーションになるなら大正解だ。要は、自分の財布とじっくり対話して選べばいい。
「しいたけ占い」で知られる占い師のしいたけさんは、かつて水や石といった万物と対話する修行をされたそうだが、楽器選びもそれに近い。
自分の財布やクレジットカードと1対1で対話する。または、楽器店で試奏した時、あるいはガラス越しに目が合った時、サックスの側が「俺を吹け」と語りかけてくる瞬間があるかもしれない。
その直感に従うのだ。
楽器を買ったら終わりではない、はじまりだ!
サックスを手に入れたら、周囲の雑音やネットの「言葉」は一度シャットアウトしよう。先ほど述べたしいたけさんのように万物の言葉を聴きすぎると、初心者が最初に直面する退屈な「音階(スケール)練習」のフェーズでドロップアウトしてしまう。
内側からの声(単なる不注意かもしれない)が音作りを阻止するため、心が折れてしまうからだ。
音階のススメ
かつて私のプロの音楽家の友人は、こう言ってくれた。
「音階はそれ自体が音楽だから、音階は音楽のように演奏するとよい」
この言葉を胸に、ただの指の作業としてではなく、一音一音に感情を込めてスケールをなぞっていく。教材としては、フランスの巨匠マルセル・ミュール編の『サクソフォーンのための音階と分散和音』や、世界基準の定番である『クローゼ:サクソフォーンのための日課練習曲』あたりを手元に置くといい。これらを使って丁寧な音階練習を積み重ねていけば、驚くほど指と息が馴染んでいく。
音階ができたら、どんな曲だって吹ける。
これは100%断言できる。
サックスをはじめた後に広がる光の世界
最初は「あわよくば」の下心で始めたはずだった。しかし、泥臭い練習を経て、MISIAやサザンのあのフレーズを自分の肉体を通して完璧に響かせられたとき、鏡の前に立つ自分は、ウインドウショッピングで目元を緩ませていたあの頃の男ではない。
他人にモテるかどうかなど、もはやどうでもいい。
自分自身が、自分の出す音に完全に惚れ込んでいる。
その圧倒的な「自己陶酔」こそが、大人がサックスを吹くことで到達できる、最も美しくかっこいい「光の先」なのだ。安心して、その最初の一歩を踏み出してほしい。
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この記事の監修者
国公立大学の音楽学部で作曲を学ぶ。


