サックス上達は「一汁一菜」でええんです――土井先生の気楽さと、シューマンが遺した『お菓子の警告』
公開日:2026.06.14 更新日:2026.06.18クラシック楽器上達のコツ音楽のマナビ
サックスを手にした人が高確率で陥る病がある。「あれもこれも上手くなりたい病」だ。
平日はクラシックの厳格なエチュードに頭を悩ませ、週末には「これぞジャズ!」と大衆が歓喜する『ルパン三世のテーマ』を格好よく吹きたいと願う。だが、本格派のジャズピアニストが聴けば「それ、ジャズ風のポップスやがな」と一蹴されるかもしれない『ルパン』であっても、一般社会のストリートや宴会においては最高のご馳走だ。
しかし、そうやってクラシックの基礎とジャズ(ポップス)の狭間で右往左往していると、練習メニューは肥大化し、やがて「仕事が忙しくて今日も練習できなかった……」と罪悪感に潰されてしまう。
マルチに、かつバランスよくサックスが上手くなるための最適解はどこにあるのか。その答えは、料理研究家・土井善晴先生の精神と、19世紀の作曲家・シューマンの格言の「ハイブリッド」にある。
目次
土井先生流:「一汁一菜」でええんです、というサックス論
サックスの練習というと、毎日1時間のロングトーン、全調のスケール、息が切れるまでのタンギング練習……と、まるで「毎日10品目のおかずが入った特製弁当」を作らなければならないかのように思い込んでいないだろうか。
ここで思い出してほしいのが、土井先生の「一汁一菜でよいという提案」である。毎日、ごはんと具だくさんのお味噌汁だけで十分。それで暮らしは回るし、十分に健康であるという教えだ。
サックスも全く同じでいい。
「今日の練習は、綺麗なB♭(シのフラット)の音を10秒間、まっすぐ伸ばす。これだけでええんです。それでおしまいにしても、誰も怒りません。あ、今日のごはん(ロングトーン)はおいしく炊けたねえ、それで十分なんです」
毎日、楽器ケースを開けて、一番出しやすい音を数回、丁寧に響かせる。指の練習はどれか1つのスケール(音階)を往復するだけ。これをお米とお味噌汁(主食)とする。この「これでいいんだ」という気楽さこそが、仕事を持つ大人がサックスを挫折せずに一生続けるための最大の防衛策となる。
シューマンの警告:「お菓子」ばかり食べていては、一人前になれない
しかし、土井先生の気楽さだけで「毎日、ドの音を伸ばすだけ」にしてしまうと、音楽としての成長は止まってしまう。ここで投入すべきが、クラシックの巨匠ロベルト・シューマンが著書『音楽の座右銘』に遺した、あまりにも有名な警告だ。
「お菓子や甘いもの、砂糖漬けばかり食べていては、決して一人前の人間(音楽家)にはなれない。精神の糧は、肉体の糧と同じように、質素で骨太なものでなければならない」
ここで言う「お菓子」とは、私たちが大好きな「吹いていて手っ取り早く楽しくなれる、派手な名曲」のことだ。
前述の『ルパン三世』のテーマや、お馴染みのポップス、あるいは雰囲気だけで押し切れる「なんちゃってジャズ」のフレーズなどは、演奏していて最高に美味しい。脳内麻薬がドバドバ出る、極上のチョコレートのようなものだ。
だが、毎日お菓子ばかりを食べていると、演奏の「骨組み」がスカスカになっていく。
リズムがだらしなくなり、音の立ち上がりが濁り、いざという時に指が回らなくなる。お菓子を最高に美味しく食べるためには、やはり胃腸を整える「骨太な主食」が必要なのだ。
【最適解】クラシックをおかずにして、ジャズ(と大衆が認識している類の音楽)をご褒美(デザート)にする
では、大人のサックス吹きはどうバランスを取ればいいのか。答えはシンプル、「クラシックの丁寧さをおかずにし、ジャズ・ポップスをデザートとして添える」という食事メニューの固定化だ。
| 役割 | 練習内容(メニュー) | 音楽的効果 |
| 主食(米・汁) | 1種類のロングトーン、1つのスケール | 楽器を鳴らす基礎体力の維持(これでええんです枠) |
| おかず(骨太) | バッハなどの楽譜通りのクラシック | 音程の正確さ、綺麗な発音、指の独立性の強化 |
| デザート(甘味) | ルパン三世、ジャズスタンダードのテーマ | リズムのキレ、表現の解放、何より「楽しい!」の補給 |
クラシックの楽曲(バッハのチェロ組曲のフレーズなど)を練習することは、音符を「1ミリのズレもなく正確に配置する」訓練になる。この丁寧なおかずを食べているからこそ、デザートである『ルパン三世』を吹いたときに、音がペラペラにならず、芯のある「めちゃくちゃ格好いい、説得力のある音」へと進化する。
毎日、無理にフルコースを作る必要はない。
「今日はお米(ロングトーン)だけの日」があってもいい。ただ、たまに時間が取れたら、丁寧なおかず(クラシック)を一切れ口に含み、最後に大好きなデザート(ルパン)を思いっきり頬張る。
この「一汁一菜+ときどきお菓子」のサイクルこそが、大人のサックスを飽きさせず、かつ確実にステップアップさせる、令和の最適解なのである。
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この記事の監修者
鈴木 憲道 音楽ライター/作詞家・作曲家・演奏家・音楽教育者
国公立大学の音楽学部で作曲を学ぶ。


